前章(帰属の原理 – 第五章)までに、帰属意識がどのように形成され、なぜ強固に維持されるのかを論じた。受動帰属として無意識的に刻まれた初期帰属は、恐怖の連鎖構造と自己安定化機能によって堅固に保たれる。しかし帰属の原理は、変容の不可能性のみを説くものではない。帰属が自己固定化と変容可能化の両義的メカニズムであるという根本テーゼに立てば、同じ原理のもとで変容がいかにして生じるのかを記述しなければ、理論は片手落ちとなる。本章(帰属の原理 – 第六章)では、帰属意識が実際にどのような力学を通じて変容を引き起こすのかを扱う。帰属・行動・環境の三角相互作用モデルを導入し、変化の入口が複数存在することを示したうえで、像を起点とする自己変容の循環モデルへと論述を進める。変容が一方向的な決断ではなく、多経路的かつ循環的に進行するダイナミクスであることを明らかにするのが本章の目的である。
三角相互作用モデルの基本構造
帰属態動統論において、変容のメカニズムは帰属意識・行動・環境という三つの要素が相互に影響し合う三角構造として捉えられる。これら三者はいずれかが一方的に他を規定するのではなく、それぞれが他の二者に対して因果的な影響を及ぼし合う。帰属意識の変化が行動を変え、行動の変化が環境からのフィードバックを変え、環境の変化が帰属意識を再編する。あるいは環境の強制的変更が行動を変え、行動が帰属意識を事後的に書き換える。このように、変容の起点はどの頂点からでもありうるというのが三角相互作用モデルの基本的な主張である。
この三角構造が重要なのは、変容の経路が単一ではないことを構造的に保証する点にある。前章で論じたように、受動帰属によって初期帰属が強固に形成された個人にとって、帰属意識そのものを直接変更することは極めて困難である。しかし三角相互作用モデルは、帰属意識への直接的な介入だけが変容の道ではないことを示す。行動を先に変えること、あるいは環境を先に変えることが、結果的に帰属意識の変化を引き起こしうるのである。変容の経路が複数存在するという認識は、帰属の原理を実践に架橋する際に決定的な意味を持つ。
三つの変化経路
三角相互作用モデルにおいて、変化の入口は三つに分類される。像からの帰属、行動からの帰属、環境からの帰属である。
第一の経路は、像からの帰属である。ここでいう像とは、第二章(帰属の原理)で論じた帰属対象の拡張概念を指す。実在する集団に限らず、個人・架空の存在・抽象的概念・理念・物語といった像全般が帰属の対象となりうる。ある理想像に出会い、そこに自己を帰属させたいという意識が芽生えることで、認知と行動が連鎖的に再編される。この経路は、いわば内側から始まる変容である。像への憧れや同一化の衝動が帰属意識を揺さぶり、その揺さぶりが行動と環境へと波及する。
第二の経路は、行動からの帰属である。帰属意識の変化を待たずに、まず具体的な行動を先行させることで、行動の反復が事後的にアイデンティティを固定する。この経路は、動組成理論(TDC)における振る舞い先行の変容戦略と直接的に接続する。行動が帰属意識に先立ちうるという認識は、帰属意識と行動が双方向的因果関係にあるという三角相互作用モデルの構造的帰結である。すなわち帰属意識が行動を生むだけでなく、行動が帰属意識を生むこともある。鶏と卵のように、どちらが先であるかは原理的に一方に定まらない。
第三の経路は、環境からの帰属である。環境の強制的な変更——転居、転職、進学、コミュニティへの参入など——が、本人の意志的な帰属変更に先行して、新たな帰属先への移行を促す場合がある。前章で論じた青年期の環境激変が帰属を揺さぶるイベント装置として機能するのも、この経路の一例である。環境が変われば、そこで求められる行動が変わり、行動が変われば自己像が更新され、帰属意識が再編される。環境設計による意志力非依存の行動変容という実践論(HP)の技法群は、この第三の経路を意図的に活用するものとして位置づけられる。帰属・行動・環境の三角相互作用モデルは、環境設計による行動自動化の理論的根拠を帰属原理の枠組みで提供する。
三つの経路は相互に排他的ではない。ある人は理想像との出会いによって変容の端緒を得て、別の人は環境の強制的変更によって否応なく変化を迫られ、さらに別の人は行動の先行的実践を通じて自己像を書き換える。重要なのは、いずれの経路から入っても最終的には帰属意識の変化に帰着するという点であり、変容の本質は帰属先の変化であるという存在論的定義がここで再確認される。
帰属意識と行動の双方向的因果関係
三つの経路を理解するうえで、帰属意識と行動の関係についてもう一段踏み込む必要がある。帰属意識が行動を駆動するという方向の因果関係は直観的に了解しやすい。自分を「健康的な人間だ」と認識している人は健康的な行動を取りやすく、「怠惰な人間だ」と認識している人は怠惰な行動に流れやすい。帰属意識が自己規範を生成し、その規範が行動を方向づけるという構造は、第三章(帰属の原理)で論じた帰属意識の機能的本質——自己安定化の適応装置としての自己規範生成——から直接に導かれる。
しかし、因果関係は逆方向にも成立する。行動の反復が帰属意識を事後的に形成・強化する。毎朝走る行動を継続した人は、やがて「自分はランナーだ」という帰属意識を獲得する。最初はその帰属意識がなくとも、行動の蓄積が自己像を書き換え、書き換えられた自己像がさらなる行動を自然に駆動するようになる。この双方向性は、帰属意識と行動のどちらを変容の起点とするかという実践的選択肢の幅を広げる。内面の変化を待ってから行動するのではなく、行動から入って内面を変えるという戦略が原理的に正当化されるのは、この双方向的因果関係による。
ただし、双方向的であることは対称的であることを意味しない。帰属意識から行動への影響は、帰属の自己安定化機能によって常時・無意識的に作動する。一方、行動から帰属意識への影響は、行動の反復と定着を必要とし、即座には生じない。この非対称性が、振る舞い先行の変容戦略が「振る舞い続ける」ことを要求する理由の一つである。一度の行動では帰属意識は変わらない。反復によって行動が自己像に統合されて初めて、帰属意識の変化が生じる。
像を起点とする自己変容の循環モデル
三角相互作用モデルが変容の多経路性を示すのに対し、像を起点とする自己変容の循環モデルは、変容がどのように段階的に進行し、自己強化的に展開するのかを記述する。このモデルは知覚→像→帰属→自己→行動→フィードバックという一連の因果連鎖を循環構造として捉える。
最初の段階は知覚である。人は何らかの情報——直接的な体験、他者の言動、メディアを通じた間接的な知識——を通じて、新たな像を知覚する。第二章(帰属の原理)で論じたように、像は直接体験に限らず噂・伝聞・メディア等あらゆる「知ること」から発生する。したがって個人の運命は自由意志だけでなく、どのような情報環境に置かれているかという外的条件にも因果的に規定される。ある人が特定の理想像に出会えるかどうかは、その人の行動範囲、社会的ネットワーク、メディア環境といった条件に依存しており、像との出会いそのものが一定の偶然性と環境依存性を含む。
次の段階で、知覚された像が帰属意識を芽生えさせる。「こうなりたい」「こういう人でありたい」という感覚が生じ、その像に対して自己を帰属させようとする志向が生まれる。この志向はまだ確立された帰属意識ではなく、帰属の萌芽ともいうべき状態である。
帰属意識が芽生えると、自己認識が更新される。「私はこういう人間でもありうる」「こういう方向に進む人間だ」という新たな自己像が既存の自己概念に付加されるか、既存の一部と置き換わる。この自己認識の更新は、動組成理論における脱癒着と再帰属のプロセスと対応する。
自己認識が更新されると、思考と行動が変化する。新たな帰属先の規範に沿った振る舞いが生じ始める。この段階で、帰属意識の機能的本質——自己規範の生成——が作動する。新たな帰属先において「こういう人はこうするのが当たり前だ」という規範が導出され、その規範が行動を方向づける。
行動の変化は環境からのフィードバックを変える。新たな行動に対して、周囲の人間関係や社会的環境が反応し、その反応が帰属意識をさらに強化するか、あるいは修正を促す。フィードバックが肯定的であれば帰属意識は強化され、循環が加速する。否定的であれば帰属意識は揺さぶられ、修正か撤退の契機となる。
この循環モデルの要点は、変容が一回的な決断や飛躍ではなく、反復的な循環を通じて漸進的に進行するという点にある。像との出会いから始まった帰属の萌芽が、行動とフィードバックの反復を経て、徐々に確立された帰属意識へと結晶化する。循環が一周するたびに帰属意識は深まり、自己像は更新され、行動はより自然なものとなる。
情報環境による運命の因果的規定
循環モデルの起点が知覚——すなわち「知ること」——にあるという構造は、変容の可能性が情報環境によって因果的に規定されるという帰結を導く。どのような像に出会うかは、個人の意志だけでは制御しきれない。生まれ育った地域、家庭の文化、学校の環境、交友関係、接触するメディアの種類——これらの外的条件が、知覚可能な像の範囲を規定する。
この認識は、帰属の原理における半決定論的な立場と接続する。個人の帰属先は完全に自由に選択されるわけではなく、初期条件による拘束を受ける。しかし同時に、知覚の範囲は固定されたものではない。新たな環境への移行、新たなメディアとの接触、他者を通じた間接的な情報の流入によって、知覚可能な像の範囲は拡張される。情報環境は変容の可能性を制約する条件であると同時に、環境の変更によって拡張されうる可変的な条件でもある。三角相互作用モデルにおける環境からの帰属という経路は、まさにこの情報環境の変更を通じて変容の可能性を拡げる経路として理解できる。
帰属の入れ子的階層構造と優先順位
帰属意識は単一の集団や像への帰属として存在するのではなく、入れ子的な階層構造を持つ。たとえばある人が、日本人として(大集団)、ある企業の社員として(中集団)、特定のプロジェクトチームの一員として(小集団)帰属意識を同時に持つことは通常の状態である。これらの帰属は並列的に並存するが、その優先順位は一様ではない。
帰属態動統論においては、帰属の優先順位は像への志向の強度と気質パラメータの掛け合わせによって決定されるとする。像への志向の強度とは、特定の帰属先に対してどれだけ強い同一化の衝動を感じるかという心理的変数である。気質パラメータとは、個人の生得的な性格傾向——たとえば新奇性追求の高さ、あるいは安定志向の強さ——を指す。同じ像に対しても、気質によって帰属意識の強度や持続性は異なる。
この階層構造と優先順位の存在は、変容のプロセスにおいて複数の帰属が競合する場面を理解するうえで重要である。新たな帰属先への移行を試みる際、既存の帰属先——特に優先順位が高いもの——との葛藤が生じる。前章で論じた旧帰属の自己免疫的防衛構造は、この優先順位の高い既存帰属が新帰属の侵入を阻む構造として理解できる。変容の実践においては、既存の帰属階層のどの層を変更しようとしているのかを認識し、それに応じた戦略を立てることが求められる。表層的な帰属の変更は比較的容易であるが、深層的な帰属——自己概念と強く癒着した帰属——の変更は、より大きな恐怖と抵抗を伴う。
半決定論的立場——初期条件の拘束と後天的選択の共存
三角相互作用モデルと循環モデルを通じて描かれる変容の力学は、完全な自由意志論にも完全な決定論にも与しない。帰属の原理は半決定論的な立場を取る。
初期条件の拘束は明確に存在する。前章で論じたように、受動帰属として形成された初期帰属は環境的要因の複合により物心以前に固定され、文化的信念の吸収と条件づけの世代間連鎖がこの固定を強化する。この初期条件は個人の選択によって生じたものではなく、帰属意識の出発点を外的に規定する。情報環境の制約もまた、知覚可能な像の範囲を限定するという意味で初期条件の拘束に含まれる。
しかし同時に、後天的な選択の自由も存在する。物心の発生以降、能動帰属の可能性が開かれ、人は新たな像との出会いを通じて帰属先を選び直すことができる。環境の変更によって情報環境を拡張し、行動の先行的実践を通じて帰属意識を書き換えることも原理的には可能である。三角相互作用モデルが提示する三つの変化経路は、初期条件に拘束された個人がなお変容の可能性を持つことの構造的根拠である。
この半決定論的立場は、変容の困難さを正当に認めつつ、変容の不可能性を宣言するものではない。初期条件が不利であるほど変容は困難になるが、不可能にはならない。ただし、その困難さの程度は個人差があり、帰属の切替可能性は気質や年齢といった個人特性にも左右される。帰属の原理が「変われない人を意志力不足として切り捨てない」という思想的立場を堅持するのは、変容の困難が初期条件と構造的メカニズムに起因するものであって、個人の努力や意志の欠如に還元できるものではないという、この半決定論的認識に基づく。
三角相互作用モデルと循環モデルは、変容が可能であることの構造的根拠を提示すると同時に、変容が容易でないことの構造的根拠をも提示する。この両面性は、帰属の原理が一貫して保持してきた両義性——自己固定化と変容可能化が同一メカニズムの表裏であるという構造——の力学的な展開である。
次章(帰属の原理 – 第七章)では、この力学が実際の変容過程においてどのように作用するかをさらに具体化する。旧帰属の自己免疫的防衛構造が変容を阻む仕組みと、それを迂回する置換戦略、そして帰属意識と集団参入の正のフィードバックループが変容を加速する仕組みを論じる。